HASHIGAKI

端書きです

ペトロールズが終点だった話

月曜から夜ふかしで普段耳にはするけど行ったことはない終点に行ってみる、みたいな企画がやってて意外と名前は聞いたことあってもなにがあるかとか、どんな街だとか、知らないことは多いものだなぁと感じたりしたそんな月曜日の夜を越えて迎えた火曜日、東京は恵比寿のリキッドルームにてペトロールズを初めて見た。

 

高校生の頃からライブハウスに通い始めて、ライブというものに行き始めて、早10年といったところだろうか。信頼していたバンドが日の目も見ずに消えては新しい顔のバンドに触れてを繰り返して、それはこの上なく楽しく満たされる毎日を過ごしてきたわけだけれども、365日のうち1日や2日は、何歳までこれを続けていけるのか、続けていくのかなんて思うこともあった。

 

そんななか、目撃した初めてのペトロールズは、ペトロールズという名前こそ聞いたことはあっても足を踏み入れたことがなく、どんな居酒屋があるだとか、どんな色した電車が走っているだとか、なにも知らない街そのもののような存在だった。元々今はそう名前も聞かなくなった(おそらくあと半年と少々、閏月の頃にはよく聞くことになるとは思うが)東京事変を信仰していたので、「浮雲がやっているバンド」それ以上でも以下でもなかった。目の前で浮雲が見れるなんて素晴らしくラッキーなことだなぁ、くらいの気持ちではいたんだけれども、演奏が始まってからそんな全ては一蹴された。

 

多くのバンドが数え切れないほどの夜を刻んだここリキッドルームには、それはある程度は、いや、それ以上には不自由しない数の照明機器と、その色が用意されているのにもかかわらず、演奏中常に灯るのはそれらのうちの31といったところだろうか。とにかくどこか薄暗い。だがそれが良い。とにかく良い。そして純度100パーセントのいい意味で緩急のない演奏。前に歩を強く進める曲で汗ばみ、落ち着いた曲で足を止める、といったことはここでは起きない。ただ時間に身を任せて揺らぐ。スライダーもフォークもない。ただ放られるスローボールと時々カーブ。これは「浮雲がやっているバンド」ではない。これがペトロールズだと。

 

あの、BUMP OF CHICKENも、あの、水樹奈々も、ゆずも安室奈美恵も、全曲解禁をしたサブスクリプションが大衆の生活となって幾許か。流行りモノに触れることは容易い。突出したものはタワーレコードよりも手に取られるのかもしれないし、誰かにとってはそれが終点になることだってあるのかもしれない。あるに違いない。ペトロールズは流行ってはいないのかもしれない。正直その辺りはよくわからないけれど、そんな多くの誰かにきっと守り続けられている。知らない街でふと見つけた、地元の人が守り続ける祠のようなものだろうか。突出することもなければ衰退もない。自分にとっての終点は、ここだったのだと、たどり着いた夜だった。